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июль 2015 г.

ニョーロマンサー

古代ローマの博物学者 プリニウスは「琥珀(黄琥珀 )」について、「排出された大山猫の尿が結晶・凝固したものである」…と記しています。
大山猫の尿が結晶・凝固したものが琥珀。では、人間の尿が結晶・凝固すると何になるか…? そう尿路結石ですね。

今月上旬にその「尿路結石」をやりました。
その痛みは「痛みの王様」と賞される(?)
ほどの尿路結石ですが、私の場合は幸いにして転げ回る程では無く、何とか自分で病院に行けた程度。もっとも、家族によると顔面蒼白で青息吐息だったようですが(^^;)。

尿路結石は排出されてしまえばケロッと何事も無かったかのように痛みが消失します。私も病院に行って4日目に排出。その後の尿検査&血液検査でも問題は無く、一安心といったところ。

実は4月の頭頃から体調が悪く、胃カメラを呑んだりもしてたんですが、今にして思うとこの尿路結石が元凶だったんじゃないかなーと。
以上、7月の備忘録として。皆さんもご自愛下さい。

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Takom【Skoda PA-II】

Takomの【Skoda PA-IIを購入。通称「スコタコ」

他に無い異形のシルエットが人気の車両ですが、まさかのプラ・インジェクションキット化ですよ。

Sko_tako

車体は中央の戦闘室部分を除いてドバンと一体成形。スライド金型全開で、微細なリベットも良く再現されています。
スライド金型の分割部にはうっすらとパーティングラインがあり、モールドを潰さずに処理するのには気を使いそう。中央の戦闘室部分は別パーツですが、接着しただけでは実車に存在しない凹線が出来るので、これも埋めないとですね。

さて、全体のシルエットですが、プラ・インジェクションとして結構頑張ってはいるものの、もう一声っ!って感じでしょうか。
そもそも職人が板金加工で作った三次元曲面車体なので再現は難しいんですが、個人的なイメージだと中央の戦闘室部分がやや小さめなように感じます。この部分は別パーツなので、曲面部分が微妙に繋がっていないのもそのイメージを助長させてるかな。
それと、左右肩のラインはもうちょっと下の方にあった方が正解でしょう。

前後の上面にある五条のスリットは上方向から抜いてるため、実車とはイメージが違ってしまってますね。スリットを貫通させてから成形したいところですが、プラの厚さがあるので結構大変そう。
あと、各パネル境目の筋彫りがちょっと太いのが気になりますね。メリハリはありますが。

結論としては、大きめに調整した戦闘室部分を接着後、全体の筋彫りを埋めつつ、各部のラインを削ったりパテ盛ったりし、納得の行くシルエットになったところで筋彫りとリベットを再生するというのがストレスが少なさそうです。いやいや、ストレスありまくりだろソレ。
いや実際、そこそこ厚みのあるプラ製なので、レジンに同じ事をするよりは全然アリだと思いますよ。

あ、それと、タイヤはゴム製で、車体パーツと同梱されてますが、プラを侵す心配があるので隔離した方が安心ですね。

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T-34の幅狭転輪(2)

【文献と記録写真】
文献的には、まず T-34の実車マニュアル各種を斜め見たところでは、幅狭転輪について触れていると思しき箇所は確認出来なかった(精読した訳では無いので確認漏れの可能性も有り)。

書籍ベースでは、フロントヴァヤ・イリュストラツィヤ シリーズ・06/2006『T-34-76 下から上まで』の上巻に於いて、鋳造製の幅狭転輪を一体鋳造転輪初期型・40穴ゴムと分類している。しかしながら、同書では「ソリッドゴム部の幅」については触れられていない。

現在、ロシアのモデラーの間ではこの幅狭転輪については「狭リム・40穴転輪」等と呼ぶケースが多い。不思議と「BT-7のゴムの〜」といった表現は見掛けず、「40穴」を特徴として押し出している印象だ。
本稿では以下、ロシア文献及びモデラーの呼称に沿い、40穴・幅狭ディッシュ転輪」「40穴・幅狭鋳造転輪と呼称したい。「ディッシュ」と「鋳造」は言葉の意味的に対応していないが、ここはわかりやすさ優先で。

「40穴・幅狭ディッシュ転輪」と「40穴・幅狭鋳造転輪」の登場時期については、記録写真ベースで観察すると、前者の方が半年以上も早い。


写真は比較的お馴染みのもので、モスクワ攻防戦に於ける、赤軍・第1親衛戦車旅団所属の T-34。撮影は 1941年の11月とされる。

Eksmo

…実はこの写真、書籍によって撮影日付のキャプションがまちまちで、1942年1月、同2月としているものもあって困りもの。一応、出典を明示している M.コロミエッツ氏著作の記述に従い「1941年11月」を採用した。1941年11月7日に、モスクワ・赤の広場で行われた革命記念式典パレード参加車両と各部の仕様がほぼ一緒なので、大きく外れてはいないだろう。

さて、写真がやや不鮮明ながら、この車両の左舷側転輪は(少なくとも)第2〜4転輪が「40穴・幅狭ディッシュ転輪」であると思われる。

この車両の様に 1941〜1942年の冬に「網状迷彩が施された第183工場製の T-34」では、「40穴・幅狭ディッシュ転輪」を混ぜ履きにしているケースが多い。例えば、PeKo Publishing刊の『T-34 ON THE BATTLEFIELD表紙の車両は、左舷第2転輪が「40穴・幅狭ディッシュ転輪」であろう。
いずれにせよ、「1941年11月」撮影の車両で既に装着が見られるという事で、その頃には装着が開始されていたと言える。

Amiami

恐らく 1942年春頃の撮影と思われるが、やはり冬期迷彩を施した第183工場製の車両で、第1転輪以外は全て「40穴・幅狭ディッシュ転輪」である。元写真は拡大すると辛うじてソリッドゴムの穴を数える事が出来、やはり「40個」だ。

六角砲塔の1942年型で見ると、日付が判明している貴重な例が、フィンランド軍が鹵獲した六角砲塔の先行量産車(後の R-155車)を撮影した写真で、同車は鹵獲時に「40穴・幅狭ディッシュ転輪」と「通常型 ディッシュ転輪」を混ぜ履き装備していた。SA-Kuvaのデータによると撮影は 1942年4月19日とされており、逆算すると、恐らくは同年3月の生産車と考えられる。

第183工場製・42年型の初期生産車で「40穴・幅狭ディッシュ転輪」の装着例は散見されるが、同転輪の装備期間としては 1942年4月〜5月位は終盤段階だと思われ、それ以降は順次鋳造転輪にシフトしていく。つまり、「40穴・幅狭ディッシュ転輪」の装備期間は「1941年晩秋〜1942年初夏位」と言う事が出来るだろう。

次に40穴・幅狭鋳造転輪だが、こちらは 1942年5月に撮影された第183工場での生産ライン及び完成車で、既に装着が見られる。残念ながら具体的な日付までは不明だが、5月は確定ということになる。

Tiv

なお「40穴・幅狭鋳造転輪」は、通常型の「鋳造(蜘蛛の巣)転輪」や「緩衝ゴム内蔵型転輪(鋼製転輪)」と一緒に使用されるケースも多い。前回冒頭の「ドヴァトール号」も「40穴・幅狭鋳造転輪」の他、「通常型 鋳造転輪」,「通常型 ディッシュ転輪」,「緩衝ゴム内蔵型転輪」と、実に4種類も混ぜ履きしている。
1942年5月に撮影された上記写真の車両でも、第1転輪は「通常型 鋳造転輪」を装着しており、つまりこれは
「40穴・幅狭鋳造転輪」と「通常型 鋳造転輪」は同時期に生産が開始されたということを意味している。

写真を追うと、「40穴・幅狭鋳造転輪」は 1942年初夏〜秋に撮影された車両に思いのほか装着例が多く、同時期の第183工場製の車両は、基本的に「40穴・鋳造転輪」を何らかの形で装着している率が高い。

【何故作られたか】
まず思いつくのは、余剰していた BT-7転輪用ソリッドゴムを有効活用した…という考え。
しかし、幅狭転輪はディッシュ・鋳造を通して実に1年近くも装備され続けており、第183工場製 T-34では、通常型転輪よりもむしろこの時期のスタンダードと言っても良い存在となっている。到底余剰在庫でまかなえる数量では無く、 BT-7用のゴム型を使用し、幅狭転輪用として積極的に生産されたと見るべきだろう。

1941年の後半は、第183工場を含む関連工場の、ウラル地方への大規模疎開の時期であり、また同時に、1941年後半からの増産計画に伴う各部の簡略化を実行し始めた時期でもある。恐らくはその辺が影響しているのではないかと思えるが、今後事実が明らかになることを期待したい。

【模型的なこと】
さてさて、でもって、ICMの転輪。きちんと40穴を再現しているのは良いんですが、ゴム周囲に掘られた溝部分が太くてちょっと印象悪い。ズベズダっぽいというか。ICMキット単体で使用するならば問題無いかもですが、ドラゴンの転輪等と混ぜて使用する場合には表現の差異が気になるでしょうね。

より正確さを望むなら、タミヤ BT-7の転輪からゴム部を持って来て、ドラゴンの転輪と合体させるのが満足度高いでしょうね。かく言う私もだいぶ前にやりかけて放置しているブツがあったり。
もっとも、ロシアのレジンメーカー【コンプレクト・ジプ】には以前からこの転輪のリクエストが行っていたので、ICMキットが出た今、同社からレジン製転輪が出る可能性も高まったかなとも思います。

Bt_katki

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T-34の幅狭転輪(1)

最近あちらこちらで、T-34の幅の狭い転輪に関する話題を見掛けます。
恐らくは、最近 ICMから発売された T-34キットに、当該パーツがいきなり入っている為でしょう。同キットはインストの解説が不十分で(というか無い)、モデラーに丸投げ状態だとか。
他所のブログ等に長文のコメントをするのも気が引けるし、画像も貼れないし、それに「オレにも語らせろや」という気分でもあるので(^^;)、ちょっと書いてみましょう。

Dovator_2

写真は、モスクワ・勝利の丘記念公園に展示されている T-34 六角砲塔型「ДОВАТОР(L.M.ドヴァトール・ソ連邦英雄の名から)号」の幅狭転輪。2002年に撮影。
鋳造製のいわゆる「蜘蛛の巣転輪」初期タイプであるが、外周ソリッドゴム部の幅が通常の T-34よりも狭くなっているのが判る。

【特徴と構造】
外周にソリッドゴムを持つ T-34の幅狭転輪にはプレス製・ディッシュ転輪鋳造製・蜘蛛の巣転輪が存在する。
両タイプに共通する特徴はソリッドゴム部に開いている穴が40個であるということ(ゴム周囲に掘られた溝も同様に片側40溝なのだが、ここでは穴の方に代表させる)。T-34標準の転輪ソリッドゴムの穴は「42個」なので、2個少ないことになる。

「ソリッドゴムの穴が40個」というのは、これは BT-7用の転輪と同じ数であり、計測されたゴム部の幅も BT-7用転輪と一致する。
また、転輪直径も T-34と BT-7は同じく「830mm」であり、その他各部の細かな特徴も一致することから、T-34の転輪本体と BT-7用のソリッドゴムを合体させたものが、この幅狭転輪であると考えて差し障りは無さそうだ。

現存パーツ及び写真を観察するに、ディッシュ転輪・蜘蛛の巣転輪とも、転輪本体部分は通常型・幅狭型とも恐らく同一のもので、異なるのはソリッドゴム部の幅だと思われる。
ちなみに、幅はソリッドゴム部の踏面(履帯に接する面)片側ベースで、T-34標準の 138mm程度に対し、BT-7転輪では 83mm程度と、約40%細い。
ちなみのちなみに、転輪直径は BT-7では「830mm」だが、同じ BT系列でも BT-5の場合は直径「815mm」であり、時系列的にみても、T-34の幅狭転輪に供されたものは「BT-7」の転輪であると絞って問題無いだろう。

外周にソリッドゴムを持つ T-34の転輪は、転輪本体の外縁リム(便宜上「内リム」と呼称)の外側に更に輪金(便宜上「外リム」と呼称)が巻かれ、その「外リム」にソリッドゴムが装着される仕様。

下は T-34マニュアルに掲載の転輪断面図(ディッシュ・蜘蛛の巣)に、同縮尺にした BT-7の外リムとソリッドゴムを合成したもの。青系が T-34のパーツで、赤系が BT-7のパーツ。

Danmen

幅狭 ディッシュ転輪の場合、T-34転輪本体の外縁「内リム」部の立ち上がりが大きい為、装着した BT-7の「外リム」下部に出っ張っている(図 A の部分)

一方
幅狭 蜘蛛の巣転輪では、転輪本体外縁「内リム」の立ち上がりが「ディッシュ転輪」よりも小さく、装着した BT-7の「外リム」の方が僅かに出っ張る(図 B の部分)

ソリッドゴム部の幅が確認出来なくとも、リム部の出っ張り幅というこの特徴が観察出来れば、通常型転輪と
幅狭転輪との判別は可能になる。

- 続く -

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