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май 2011 г.

「カント・ビデリバ、モノデリバ」

明け方、目覚めしなにカント・ビデリバ、モノデリバという言葉が脳裏に。
あ"〜?何だっけこれ?哲学用語?ついに寝ている間に真理を極めちゃった?…などと思いつつ枕元のiPhoneをたぐり寄せてググってみると…。

CANT Z 1007 bis ALCIONE BIDERIVA
CANT Z 1007 bis ALCIONE MONODERIVA


イタリア、カント社が30年代に開発した爆撃機でしたよ。スーパーモデルから1/72でキットが出てたみたい。

つーか、そんなの知らないっちゅーに!イタリアの爆撃機なんか興味無いっちゅーに!スーパーモデルのキットも持って無いっちゅーに!リュウコやっちゅーに!
こういう、何時の間にか頭ン中に侵入し、ずっとどこかに潜伏していて、状況と全く関係なく再生が為される言葉って、あるよね。あるしおーね?

まぁ、それはそうと、飛行船を見ましたよ。現在日本にある飛行船はコレだけだとか。

Hikousen

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タミヤからBT-42

5月の静岡ホビーショー発表新製品として、タミヤからフィンランド軍の自走砲・BT-42が出ることが明らかに。
いやコレは意外でした。かなり驚きましたよ。

「え〜?既にBT-7 1935年型が出てるんだから、既定路線だったんじゃないの?」…と思う方が多いと思いますが、個人的には「BT-7 1937年型の傾斜砲塔は出ない。従ってBT-42も出ない出ない出ない」と秘かに思っていたのでした。

BT-42の実車は、BT-7 1937年型の傾斜砲塔をベースに改造されているわけですが、BT-7 1935年型BT-7 1937年型では細部にかなり変更部分が多いのです。
まず当然ながら砲塔が異なります。砲塔リング径が拡大し砲塔の裾部分も大きくなったので、車体上面に突出させていた第2転輪用サスペンションの調整部が車内に引っ込みます。その後ろに付いていた、履帯をフェンダー上に乗せる際にベルト固定する為のフックもやや後方に移動。左右のエアインテークカバーも前方内側の角が砲塔の干渉を避ける為に斜めに削られます(つまりメッシュのエッチングもそのままではサイズが合わなくなる)。
車体後部、排気管の間には菱形の小カバーが2つ並んでおり、右側が車体後部燃料タンクへの注入孔、左側はその燃料タンクから他のタンクに分配する為の配管の点検・調整用ですが、恐らく左右間違える例が多かったんでしょう。1937年型では左側の小カバーの付き方がやや斜めに変更されます。
その後ろ、後方に傾斜した装甲板は、1935年型初期では車体最後部装甲板に被さるような形になっていましたが、1935年型後期には組み合わせが変更されて車体最後部装甲板の上面エッジが見える構成になっています。1937年型は全てこれです。
車体後面下部も、牽引用ラグの形式スプロケット・シャフトの装甲カバーのタイプなどが異なります。足回りは、履帯と起動輪が異なるのは周知の通り。
とまぁザッと見ただけでもこんな感じ。

EECキットのように、砲塔だけ取っ替え引っ替えでバリエーション出しまくり…というワケにはタミヤの場合行かないでしょうから、かなりのパーツを新規で起こさねばならず、果たしてそうまでして1937年型を出すかな〜と考えると、キャラ的に疑問符が付いてしまったワケです。そうすると当然BT-42も難しいだろうと。

…って、何のことはない、サクッと出ちゃうじゃないの(^^;)。しかも
BT-42から。ヘタの考え休むに似たり…ですよねマッタク。

最近は、所謂売れ筋アイテムが出尽くしてきたこととも関連し、初回出荷見込み個数がかつてより相当少なく予想される状況でも新製品を出すような傾向が見られるそうで、そういう意味では「何が出てもおかしくない」状況ではあるんでしょうが、それでもBT-42というのは、タミヤとしてはかなり思い切りが良いですね。だって戦歴的には大した活躍はしてないですゼ。
田宮会長がパロラを訪れた際にフィンランドモデラーからの要望やプッシュもあったのでしょうが、切っ掛けは(これは想像ですが)純粋にBT-42のその形態や由来の面白さに惹かれて…というのではないでしょうかね。

だとしたらその開発動機や良し!ですよ。
これでBT-7 1937年型の傾斜砲塔も出ることがほぼ確定でしょうし。善き哉善き哉。

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