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村上春樹の登ったBT-7

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以前にもちょっと取り上げましたが、村上春樹の紀行『辺境・近境』(新潮社)の表紙には、ノモンハンに放置されたBT-7の上に立つ村上氏の写真が使われています。
青い空と、黄色い花咲く草原、そこに横たわる真っ赤に錆びた砲塔のないBT-7という情景は、鮮烈ながらしかしとても静かなイメージ。いつか情景で再現したいと考えているモデラーも多いでしょう。私もその一人。

この村上氏の登っているBT-7、砲塔は失われていますが、履帯はBT-5で標準的な「ピッチ幅の大きいタイプ」を装着しています。
ということは、元は「馬蹄形砲塔を搭載したBT-7」だったんだろうなと思いませんか?思いますよね。私も少し前まではそう思ってました。

Youtubeに、2001年にノモンハンを慰霊で訪れた方によって撮影された「BT-7の映像」がアップされています。
これがまさに村上氏の登ったBT-7ドンピシャリだったので、早速映像を検証してみたんですが、いやはや、
このBT-7は馬蹄形砲塔ではなく傾斜砲塔を搭載したいわゆる1937年型ですね。
細部にいくつか判別ポイントがあるんですが、何よりも砲塔リング径が馬蹄砲塔用よりも拡大された傾斜砲塔仕様になっていることから、確実です。
つまり、
傾斜砲塔搭載ながら履帯はピッチ幅の大きいタイプを装着した車両、ということです。

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左写真はヴァエンナヤ・レトピシ刊の『ハルハ河地区の戦い 1939.03/11〜09/16』に掲載されているもので、8月攻勢時のソ連・第6戦車旅団所属のBT-7。馬蹄形砲塔型と傾斜砲塔型が2両づつですが、全車ともピッチ幅の大きいタイプの履帯を装着しています。
ノモンハンに投入された傾斜砲塔型BT-7でも、ピッチ幅の短い、後期に登場したタイプの履帯を装着した車両が標準ではありますが、中にはこのような例もあったわけです。

で、これはノモンハンに限ったことではありません。独ソ戦に投入された傾斜砲塔型BT-7でも、絶対数自体は少ないですが、ピッチ幅の大きいタイプの履帯を装着した車両はポツポツ確認することが出来ます。

「ピッチ幅の大きいタイプ」「ピッチ幅の小さいタイプ」の履帯では、無論、後者の方が後に登場したわけですが、今回のような事例、また馬蹄砲塔搭載型車両でも各部の仕様を細かく観察するに、単純に「ピッチ幅の大きいタイプは初期で、後にピッチ幅の小さいタイプに切り替わった」ということ以外にも、何やら複雑な状況が背景に存在するような感じまぁソレが何かということは今後のテーマですが。
そもそも、ひとつの車両でピッチ幅の異なる2種の履帯が同時運用される…という状況だけでもかなり異例なコトではあります。

なお、先のYoutubeでは、村上氏の登った車両以外にも2両のBT-7の映像がアップされていますが、その2両ともやはり傾斜砲塔搭載型だと思われます。

…とここまで書いておいて最後にアレなんですが、実はこれらのBT-7、傾斜砲塔ではなく、76.2mm砲搭載のBT-7Aである可能性もまたあるんですよねー。
残念ながら、BT-7Aについてのデータが圧倒的に不足しているので、砲塔が無くドンガラに近いこの状態で、両者の違いを断定するのはちょっと難しい。
ただ、ソ連側の記録によればノモンハンで消耗したBT-7Aは2両だけなので、その可能性はかなり低いでしょうね。

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