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レンドリースのマチルダに関する覚え書き(2)

履帯についてまとめ

 

ソ連にレンドリースで送られたマチルダは、当初、表面に「+-+」型の凹みパターンが付いた初期タイプの履帯(タミヤのキットと同タイプ)を装着していましたが、配備時期はちょうど冬期であり、凹みに雪や氷が詰まるとグリップ力が殆ど失われてしまい、凍結した斜面でスリップして車体がひっくり返ってしまうという事故が報告されました。ソ連軍ではそのため暫定的に「履帯リンクに対し金属製のグローサーを溶接」する処置が採られたとされます。

 

この「履帯リンクに対し金属製のグローサーを溶接」という記述は、ツェイガウス刊の『歩兵戦車 マチルダ』の他、2000年にエクスプリントから出版された『レンドリース戦車』、『タンコマステル』誌 06/1999 等にもあり、恐らくそのような報告が公式に挙がっていたものと思われます。
その後、表面の凹が無くなり、代わりに横幅一杯に張り出し(スパッド)が付いたゴツイタイプが登場します。レンドリースのマチルダではこちらの方をよく目にしますが、グリップ力についてはそれほど改善されたわけではなかったようで、後期型を履いているにもかかわらず、雪道でひっくり返っている写真があります。

 

Geta ソ連軍のマチルダにはまた、初期型履帯をベースとし、そこに角断面の長短二本のバーを、ちょうど下駄の歯のように「二」の字型に溶接したタイプもしばしば見られます。
大日本絵画刊 オスプレイ・ミリタリーシリーズ『マチルダ歩兵戦車 1938-1945』のP.19 にこの「下駄の歯」グローサーを装着した「北アフリカのマチルダ」写真が掲載されています。ツェイガウス刊の『歩兵戦車 マチルダ』には、やはり北アフリカで撃破されたマチルダ(キャプションによれば「1941年6月・ハルファヤ峠」とあり、バトルアクス作戦時に撃破されたものでしょう)が載っています(左添付画像)。その他、アフリカ戦のマチルダ写真をよく見ると、このタイプの履帯を履いているマチルダをポツポツ確認することが出来ます。

 

レンドリースのマチルダがソ連に到着したのは1941年10月以降ですから、この「下駄の歯」グローサータイプの履帯は、ソ連への供与以前から存在していたことになります。また、マチルダの工場生産ラインを撮影した写真にこの「下駄の歯」グローサータイプが写っているので、いわゆる現地改造ではなく、いわば「初期型・改」として1つのタイプに分類しても良いかもしれません。

 

手持ちの200枚近いソ連軍マチルダ写真を参照したところ、装着が確認出来たのは上記のうち、スパッド付きの後期型履帯と、「下駄の歯」グローサータイプのみでした。
冒頭の逸話からすると、
グローサーを装着していない普通の初期型履帯も存在していたはずなのですが、今のところ写真は未見です。ひょっとしたら、当初から「下駄の歯」グローサータイプしか来ていなかった?という可能性も?

 

また、ソ連軍のいう「金属製のグローサーを溶接」した履帯がどのような物だったかもハッキリしません。手持ち写真中では残念ながらそれらしいものは見あたりませんでした。
想像するに、履帯の何枚か置きに、短いバー状の部材を斜めに溶接…とか、そんな感じだったのではないでしょうか。「この写真」はモスクワに現存するマチルダで、後期型履帯を装着していますが、それでも履帯何枚か置きに、スパッド表面に追加で棒材を溶接しているのが判ります。

参考文献:『歩兵戦車 マチルダ』2006 ツェイガウス
     『レンドリース戦車』2000 エクスプリント
     『マチルダ歩兵戦車 1938-1945』2001 オスプレイ・ミリタリーシリーズ / 大日本絵画
     『タンコマステル』誌 06/1999

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